終戦から6年、瀬戸内海に浮かぶ小さな島―。
20歳で被爆した青年教師・学は、母のゆう、進駐軍の臨時雇いで働く妹の史とともに暮している。ある日、東京で働く同級生・清水が訪ねてきたことをきっかけに“島”を出て自立したいという思いが強くなってきて―。朝鮮戦争の特需に支えられている島。貧しさゆえ進学を諦める教え子、許されぬ恋、差別…。溢れんばかりの「生」への渇望が、いまを生きる私たちを鋭く照射する。2010年の初演時に深い感動を呼び起こした舞台、全国巡演を経て、待望の再演―
作 堀田清美
演出 藤井ごう
第4回(1958年)岸田國士戯曲賞受賞作品
『島と現在』から『現在の島』へ
藤井ごう
「わしらが白髪の爺さんになる頃には、この地球上も大分様子が変わっとるよの。それ迄一粒一粒、種を大事に蒔いて生きるんよの。
―その時は、人類に貢献した言うんで」
被爆者である栗原学の劇中の台詞―
青年劇場での初演時、2010年。
あの時はまだ3・11も起こっておらず、まだ一応神話は神話の体をギリギリ保っていて、世の風潮もここまでセンソウがカクジツに迫っている況ではなかった。
米大統領のレキシ的訪問など記憶に新しい今、核なき世界への流れはどうだったか…
6年経って『島』が再演される。(『島』の舞台もあれから六年)僕ら舞台の作り手は、非力であることを思い知らされる日常が続いている。
学、そして作者堀田氏の思いとも確実に異なる『現在(いま)』がある。
その事をどう考えようか―
2010年にこの作品が産声を上げた時とは違う意味合いが生まれ、受け取られ方も大きく変わるだろう。それを悲しむべきなのか喜ぶべきなのか…。
だが訴えかけるものがあったとして、その真は変わらないはずである。
だからこそ、わかりやすい言葉、わかりやすい敵、大きい声、外国ではこうである的な常識に囚われることなく、こうやって生きてきた人物たちの思いを苦しみを喜びを、現在の都合で「なかったこと」になどしないように、コトバに耳をすませ、ココロに寄り添う。
想像力が経験を栄養とするならば、学らの経験と選択は、今正に必要とされる想像力の基礎となるはずである。
舞台上にいつも通り人物たちを現出させよう―
人間の未来の為にあなた自身の為に
作者の願いと共に、『生』という事の意味が大きく僕らに迫っている。
12月8日(木) |
12月9日(金) |
12月10日(土) |
12月11日(日) |
|
昼 |
- |
13:00 |
- |
13:00 |
夜 |
18:30 |
- |
18:30 |
- |
会場 |
安佐南区民文化センター |
アステールプラザ |
希望日締切 10月28日(金) 座席シール発行 11月16日(水)
》》》 関連資料 《《《
「中国新聞 ヒロシマ平和メディアセンター」に『島』の主人公「学」のモデルとなった坪井直さんの手記「『生きて』 日本被団協代表委員 坪井直さん」(2013年1月22日~2月7日朝刊に掲載)が公開されています。「<9> 結婚」にこの作品『島』に関する記述があります。
広島市民劇場(広島演劇鑑賞会)を創設し初代事務局長となる大月洋が作者の堀田清美に関して1958年に中国新聞に書いた『「島」の作者堀田清美』(1958年9月6日掲載「『ロンドの青春 大月洋演劇稿』収録」) があります。
後援:広島市・広島市教育委員会